大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

大阪地方裁判所 昭和24年(ワ)37号 判決

原告 米原喜三治

被告 株式会社北岡商店 外一名

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は被告等に連帯して原告に対し金十九万円及び之に対する訴状送達の翌日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告等の連帯負担とするとの判決と保証を条件とする仮執行の宣言を求めその請求の原因として

被告会社は釘及針金の販売業者で配給割当証明書の取扱店であるが昭和二十三年八月十二日代表取締役たる被告北岡英一は自ら訴外安田清に対し配当割当証明書なく釘六十キロ入四十七樽、同三十キロ入六十箱を金三十二万余円という公定価額を数万円超過する代金を以て不正横流しした。

訴外安田は前記釘全部を担保とし金十九万円を十日間程借用したいと訴外工藤寛平を通じて原告に懇請して来たので工藤とは多年親交があつて信用していた原告は右釘は安田清の正当な所有物と信じて同年八月十三日金十九万円を同月二十日限り返済すること期限に弁済しない時は釘の所有権は原告に帰属することゝ定め貸付け売渡担保として受取つた釘を訴外渋沢倉庫株式会社堂島支店に保管預をした。

然るに被告会社は訴外安田が詐欺手段を以て本件釘を騙取したものとして告訴したので原告に安田を紹介した訴外工藤寛平と被告会社に安田を紹介した訴外武田安信は共に城東警察署に留置取調を受け同年八月十六日には大阪地方裁判所の押収命令によつて原告の委託先渋沢倉庫に在つた釘全部が押収された。(訴外安田清は其後逃亡して所在不明となり氏名も偽名であつたという)訴外工藤と武田は送検されたが証挙不十分で不起訴となり押収中の釘は被告会社に還付された。

被告会社及被告北岡と訴外安田間に行われた釘の売買は臨時物資需給調整法に基く指定生産資材割当規則第八条及び第九条に違反した横流し販売であつたが当時原告は此等の事実を知らず訴外安田が正当に所有する釘と信じて現金十九万円を貸付けたのであるが、その担保物たる釘は大阪地方検察庁に於て被告会社を被害者として全部還付したため原告は現実に金十九万円の損害を蒙つた。

原告が如上の損害を蒙つたのは被告会社が不正売買をなしたのに基因し更に被告が訴外人等を告訴したのは訴外安田が同武田の紹介により本件釘を買受け代金として支払つた訴外武田振出の小切手が不渡となつたことを理由として共謀による詐欺とした故であるが訴外武田は城東警察署に於て取調を受けるうち係官の要請もあつて金十万円を賠償として被告会社に支払い示談成立し次で同人も不起訴となつたので被告会社は被害なきに帰し押収物件である釘に対しては権利を主張するを得ざるに至つた。被告会社は取調の経過から本件釘が原告に担保として提供せられていることを知つているのであるから城東警察署が押収釘の還付先を誤り被告会社に還付したとしても既に示談により権利を失つている被告会社は当然原告に返還すべきであるのに原告の権利を無視して担保を喪失せしめたのは被告の責任であるといはなければならない。被告北岡が被告会社代表者としてなした行為は同時に北岡個人の加担としての行為であるから共同不法行為者として連帯責任による賠償を求めると述べ。

被告の抗弁に対し

本訴が釘の所有権侵害を理由とする損害賠償請求であること、当時安田が臨時物資需給調整法による割当証明等を所持していなかつたこと争わない然かし被告会社と安田間の取引が無切符であつたから違反であること明であるが買受けた安田が更に他に之を転売その他処分するに際し尚切符を要するというべきであらうか、業者と業者間は妬くおき相手が一般人殊に消費者たる場合は自ら別個に考慮せらるべきである。原告は業者ではなく安田の懇請に基き同人に金融を得しめるため売渡担保としたに過ぎないからその数量こそやゝ多いとしても一般消費者に異らぬのであつて安田が法規違反のため所有権を取得し得ざりしとしても原告は平隠公然善意無過失に取引したのであるから民法第百九十二条の適用を受けその所有権を取得したものであると述べ

立証として甲第一、二、三号証を提出し証人武田安信、同工藤寛平の各証言と原告本人尋問の結果を援用し乙第二、五、六号証の成立を認め乙第一、三、四、七号各証は不知と述べた。

被告訴訟代理人は原告の請求を棄却する訴訟費用は原告の負担とするとの判決を求め答弁として原告主張事実中被告会社が釘、針金等の販売業者であること、訴外工藤寛平、同武田安信の両名が詐欺罪の被疑者として城東警察署及び大阪地方検察庁で留置取調を受けたこと本件釘が大阪地方検察庁から被害者である被告会社に還付を受けたことは認めるがその余の事実は否認する

被告会社は昭和二三年八月十二日予て取引関係があつた京都市の訴外株式会社丸物百貨店(扱者同店機械工具部主任武田安信)に釘八十樽(百十三梱)を配給割当証明書と引替の約束で代金二十九万九千六百二十円の公定価額で販売したが買主が契約を履行しないので契約を解除して商品全部を取戻した。右売買に関連して前記訴外人両名が留置取調を受けたのである。

被告は右の通り本件釘を訴外安田に売却したものではなく訴外株式会社丸物百貨店に売却したものであるが仮に安田に売つたと認められたとしても原告は臨時物資需給調整法による割当証明書及び輸送証明なく安田から本件釘を担保として受領し所有権を取得したものであるから右担保契約は臨時物資需給調整法に違反し無効である従て原告の蒙つた損害は被告らの関知する処ではないと述べ

立証として乙第一乃至七号証を提出し証人岩中巖の証言を援用し甲第一、二号証は不知と述べ甲第三号証の認否をしない。

理由

被告会社が釘針金等の販売業者であること、原告が被告会社から出庫された釘六十キロ入四十七樽、三十キロ入六十六箱(此の点につき被告は釘八十樽(百十三梱)と主張するが同一と認める)を訴外安田清から売渡担保として受領し保管中被告より釘を訴外人らに騙取せられたとして告訴が提起された結果城東警察署に於て之を押収し次で被告会社に仮還付し大阪検察庁から正式に還付されたこと、当時釘が統制物資で訴外安田が臨時物資調整法に基く割当証明書及び輸送証明書等を所持していなかつたことは当事者間に争がない。

証人武田安信の証言と同証言により成立を認める乙第一号証、証人工藤寛平、同岩中厳の各証言成立に争のない乙第二、五、六号証に当事者弁論の全趣旨を綜合すると次の事実が認められる。

被告会社は釘針金等当時統制下にあつた物資の配給割当証明書の取扱店であつたが昭和二十三年八月十二日頃予て取引をしたことがある訴外株式会社丸物百貨店の機械工具主任をしていた訴外武田安信が訴外安田清を紹介し同訴外人は被告会社に釘八十樽の買入方を申込んだ。被告は訴外安田が配給割当証明書を所持していないことは十分承知していたが紹介者の武田が取引先である丸物百貨店の機械工具主任であることに大きな信用を寄せていたので無切符を承知で多量の注文に応ずるため釘の統制組合や製造業者にまで渡をつけて八十樽を調達し切符の代りと称して金二万円の保証を徴し更に公定価格金二十九万余円の処約金三十二万円として売渡した。

一方買受けた訴外安田清は当初から偽名を使い他を騙取する意向であつたから被告会社から釘の引渡を受けるや翌十三日原告方に赴いて釘を担保に金十九万円の融通を依頼したところ原告も統制品である釘が現物として目前にあることからついにその甘言に乗り割当証明書のないことを承知の上で一週間の期限で期日に返済なきときは釘の所有権は原告に帰属することを条件に金十九万円を貸渡し売渡担保として受領した釘はそのまゝ訴外渋沢倉庫に保管しているうち被告会社に代金として訴外安田が支払つた訴外武田安信振出の小切手が不渡となつたので被告会社は詐欺として訴外安田や武田を城東警察署に告訴するに至つた。訴外安田と訴外武田との関係については当事者提出の証拠方法では未だ明にすることは出来ないが城東警察署は所在を晦ました安田を除き訴外武田と原告に安田を紹介した訴外工藤寛平を被疑者として身柄を拘束取調をなすと共に原告が担保として預つた本件釘を贓物として押収し被害品として被告会社に仮還付すると共に訴外武田に対し被告会社に金十万円を示談金として返済することを要請したので訴外武田は金十万円を被告会社に支払つたので大阪地方検察庁に事件の送致せらるゝと共に事件は不起訴となつて身柄は釈放され同時に釘も被告会社に本還付せられるに至つた。

右認定に反する原告本人尋問の結果部分は信じ難く他に右認定に反する証拠は存在しない。

原告は釘の押収次で被告会社に返還せられたことにより金十九万円の損害を蒙つたが右は被告会社が不正売買をなしたに基因し被告と訴外安田間の売買が無効であつても同訴外人が他に転売又は処分するに当つては、対手が業者でない場合は切符の必要なく原告は民法第百九十二条の即時取得により釘の所有権を取得したのであるから係官の誤から被告に還付せられたとしても原告に返還せず原告に損害を蒙らしめた責任は免れないと主張するので按ずるに、前段認定の如く被告会社は訴外安田に対し無切符による横流しをしたこと明であるけれども原告が主張する様に一旦配給外に横流れした物資については爾後の取引については無切符のまゝ転々せられるも法に抵触するところなしと謂い得るであらうか。惟うに臨時物資調整法は戦中より戦後にかけて生じた極度の物資の不足に因り需要供給を国家の統制下に於て調節し僅少物資を必要に応じて配分せんとする特殊且高度の国家の要請から規定せられた法であることは多言を俟たないところ従つて該法規は常に物資の所在を追つて適用せられるもので一旦配給外に流れたものなるが故に法の適用外とせんか調整法制定の目的を遂げ得ざること明白であり以後の転得者が業者であらうと一般消費者であらうと統制下にあつてはその差を見出し難く、而して本法の如く特殊な国家の要請から個人の所有権その他の権利を抑制すること本質するのであつて私益の保護は後退し公益が優先し従て民法第百九十二条等を考慮する余地がない。況んや原告本人の供述によつて明な原告自身当時釘が統制品で訴外安田が切符を所持していないことを知つていた以上善意無過失とは称し難きに於おや。

然らば本件取引の生じた昭和二十三年八月当時は未だ釘は統制品で配当割当証明書なく所有権を移転することは法の禁止するところであつたから原告は仮令金十九万円を支出したとしても適法にその所有権を取得するに至らなかつたと認めるもの外ない。

次に原告は被告会社は訴外武田安信から示談金として賠償金十万円を受領したので釘に対する権利を主張し得ざるに至つたと主張するがその事実関係が原告主張通りであつたとしても被告会社が所有権を喪つたことは当然に原告の所有になつたとは言ひ難いのであつて原告の所有となる為には前認定の切符を要したのであるから原告の本訴請求が釘の所有権侵害を理由とする以上仮令仮に原告主張の様な非違が被告側に存在したとしても原告の請求は爾余争点に対する判断を俟たす失当として棄却を免れない。

よつて訴訟費用の負担に付民事訴訟法第八十九条を適用して主文の通り判決する。

(裁判官 小野沢龍雄)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例